セネガルの町サン=ルイを散策します。世界遺産に登録されている植民地時代の名残を残す町並みが印象的。歩いて見て回れる大きさで、ざっと見るだけなら半日ほどで終わります。
旅行日:2024/11/16(土)-11/17(日) ※本文中の値段は訪問当時のものです。
【サン=ルイ】
フランス植民地時代のアフリカ貿易の拠点だった町。「サン=ルイ」という名前はフランス国王ルイ14世にちなんでおり、ウォロフ語では「ンダール」(Ndar)とよばれている。旧市街はフランス風コロニアル様式の建造物が残っており、世界遺産に登録されている。登録後に修復が進み、当時の町並みの保存が進んだ。一方モーリタニアからセネガルにかけての沖合に海底資源が発見され、今後影響が考えられる。
ギュスターヴ・エッフェルが建設した「フェデルブ橋」や、サン・テグジュペリが小説「星の王子さま」を執筆したホテル「ラ・ポスト」がある。
フェデルブ橋


ホテルHôtel de la Résidenceに荷物を置いて、まずやってきたのはフェデルブ橋。
1897年、エッフェル塔で有名なギュスターヴ・エッフェルが建設した橋で、アフリカ本土とサン=ルイ旧市街を結びます。全長507.35m、幅10.5m。その後修復されて現在の状態になっています。
小説「星の王子さま」が執筆されたホテルHotel de La Posteは橋のすぐ近くにあります。216号室は博物館としても公開されています。
また、このホテルの横にあるソシエテ・ジェネラルのATMでキャッシング可、そのさらに隣の建物には両替商もあります。
また、橋の正面にはツーリストインフォが入る建物があります。あるサイトに「ブラックマリア像を彫刻した木がある」という記述を見つけたのでこのツーリストインフォで聞いてみましたが、知らないとのことでした。。
この建物にはMusée Jean Mermozも入っているので、興味があれば立ち寄ってみるのもいいかもしれません。


フェデルブ橋のところに小さな広場のようなものがあり、木に何やら彫り物がされていました。
彫刻した木というのはこれのことかもしれません。



カテドラル

Cathédrale Saint-Louis de Saint-Louis-du-Sénégal(GoogleではL’église Saint-Louis-en-l’Île)というそうです。
カテドラルは閉まっていたのですが、たまたまカトリック団体関係者が近くにいたのでダメ元で中に入れないか聞いてみたら、今ちょうど教会の人がいるから聞いてみるとのこと。
待つこと数分。無事OKをもらい中に入れさせてもらいました。


1828年に聖別された西アフリカ最古の教会です。それまでは要塞内、軍病院内、町長の邸宅などで集会を開いていたと言います。現在の教会は2020年に修復されたものです。
内部は3つの身廊と翼廊があり、当時のフランス風教会の構造になっています。
ステンドグラスは聖ルイの生涯が描かれています。






バヤ・ンダール(旧フェデルブ広場)
かつてフェデルブ広場と呼ばれていましたが、2020年に「バヤ・ンダール」に改名されました。ウォロフ語でンダールはサン=ルイを指し、バヤは広場の意味だそうです。
Google mapsのストリートビューによると、2015年の写真では広場の周囲を道路が囲んでいましたが、2024年現在は道路が廃止されて広い空間になっています。
政府庁舎に向かって左の建物はRogniat Nordで、Hôtel le Rogniat Nord Saint-Louisでしたが廃墟になっているようでした。
向かって右のRogniat Southは、警察が入っており撮影禁止でした。

Ndar Toute


バヤ・ンダールをそのまま西に進むと橋Pont Moustapha Malick Gayeがあり、対岸のNdar Toute地区に歩いて行けます。
激しくデコレーションされた舟がたくさん!
写真を撮っていたらあやしいおじさんが話しかけてきたので、舟に掲げている旗は何かと聞いてみたら、応援しているサッカーチームの国なんだとか。何かあるといけないので、答えをもらって、愛想笑いして、早急にさよならしました。
Ndar Toute地区はサン=ルイ島旧以外とは異なり、西アフリカ的喧騒を感じます。


ところで、看板を見ているとDibiterieなるお店が。この単語はフランス語にないようなので再び店の前にいた暇そうな人に質問。
どうやらdébiter=小売り用からつくった造語で、羊や山羊の解体した状態の肉を切り落して売るお店のことらしいです。

しばらく北に向かって歩くと、ラウンドアバウトに面してカラフルな壁がありました。
バスケットボールのコートのようです。
その正面にあるMasseck Ndiaye橋を渡って旧市街へ戻りました。


グランドモスク

旧市街に戻り散策を続けます。今度は北部の方へ向かい、グランドモスクへ。
フランス植民地時代の1847年に、増加するイスラム教徒への配慮で建設されたマグレブ様式のモスクで、市内最大です。正面のミナレットには時計がつけられており、モスクとしてはかなり異例でありまるで教会のようです。これはフランスがモスクを建造したことを暗にアピールするためにあえて設置したのではと言われています。
通りから庭を見ることはできましたが、内部見学はできませんでした。

そのまま北の方へ歩いていきます。
École Française Saint-Exupéryの隣にあるGalerie du Fleuveの壁にはアート作品が描かれていました。

世界最古の蒸気クレーン

サン=ルイ島のかなり北部まで来ました。
現存する世界最古の蒸気クレーンなる遺産は、1883年頃にフランスの部品で造られたもので、1954年まで使われていました。届いたときはバラバラだったようで、この地で組み立てたPeyssonneauxとTellierの名前が刻まれているとパネルに書かれていましたが、どこに書いてあるのか探し出せませんでした。

ここで引き返します。帰りは来た道の一本西にあるJean Mermoz通りを歩いていくことに。
避妊、ソマリア・モガディシュの学校で行われた少女たちのサッカーの試合、東京2020オリンピック女子63kg級決勝の様子(クラリス・アグベニュー(フランス)とティナ・トルステニャク(スロベニア))の写真などを道中見かけました。



フェデルブ橋に近づくほど、サン=ルイの旧市街の町並みが楽しくなってきます。
朽ちかけた建物が多いですが、どこか古いヨーロッパのような雰囲気もあって、フランスの植民地だったことがわかります。




急に目の前を馬車が通過!この町はロバではなく馬なんですね。新市街側でも馬を見ました。

夕食@フラミンゴ

サン=ルイ旧市街はだいたい見たということで、夕食へ。
ホテルの近くにある「フラミンゴ」なるレストランです。
ここはツアーでも使うようで、このときは日本人5人くらいの団体がいました。
スタッフはフレンドリーで外国人観光客に慣れています。
18時前と早い時間だったので、フェデルブ橋がよく見える席に座ることができました。

お楽しみのお食事です。
Le poulet mariné grillé CFA9,000
肉はややぱさつきましたが、味付けは美味しかったです。
Jus Bouille バオバブジュース CFA1,500
洋梨のような味で美味しくいただきました。
タルト CFA4,000
甘さが足りなくてリンゴもイマイチかな。。
パンは食べられますがおいしくはなかったです。



ホテルからの眺め&朝食


翌朝、ホテルの屋上にのぼってみるとでフェデルブ橋をはじめサン=ルイのあちこちが見えました。
あっという間の滞在でしたが前日の散策を思い出しながら写真を撮影。


朝食は1階でした。
内容はともあれ、ジンジャージュースはすりつぶした生姜が入っていておいしかったです。



ダカールへ
サン=ルイからダカールへは、月・金であれば飛行機が飛ぶようになった(2024年)のですが、この日は日曜日。
当初は普通にバスなどでダカールへ向かおうと思っていたのですが、この日の17時の便でギニアビサウに向かうことになったため、15時までにダカール空港へは恐らく間に合わない!

というわけで空港までの車を事前手配してしまいました。
2社目に問い合わせたSENEGALIB’ TOURSに依頼。XOF65,000とやや高額ですが仕方ない!
この手配が大正解だったというのはまだこのときは知りません・・・。
10時出発という話でしたが、2日前に9:30に変更になりました。ちょっと早くなる分には何も問題ありません。
この会社はメールやWhatsAppの返信が早く信頼できました。
9:15チェックアウトしたら、9:30の約束だった送迎車はもう来ていました。
ドライバーいわく9:00のピックアップだといいつつ、9:12ごろ到着したらしい。
遅れて来てよく正しい時間が言えるなと思いつつ、待ち時間なしですぐ出発です。


ドライバーはフランス語でとにかくまくしたてるようにしゃべりまくる!
英語はあまり話さないので会話はそれなりに困難でした。
車は前日の廃車とは違って快適。
道も所々穴はあるもののずっといい感じ。

しばらく走ると、何やら車の列ができていました。
この日は選挙ということで州の境目で移動できないように道路封鎖しているとのこと!
なんと地元の人は日付変わって0時から足止めされているらしい。
どうするのかと思ったら、ドライバーがジャンダルマに書類を提出。難なく通過できました。
この日にスクーターを借りて移動しようとしたインスタ旅行者は移動できなかったと言っていました。
もしバスにしていたら同様に移動できず、あやうく飛行機に乗れないところだったと思われます。
送迎車を予約して大正解でした。
11:03Kébémerをでたところで検問。ここでもドライバーが書類を提示して通過。
20分後も検問があり同様でした。
11:32 Meckheのガススタでコーヒーとトイレ休憩。
コーヒーはドライバーがおごってくれました。


道中に見た露店では、セネガル産すいかとモロッコから輸入したマンダリンなどを売っているとのこと。


踏切がありました。鉄道はダカールとサンルイを結んでいますが、今は旅客はなくリン鉱石を運んでいるとのこと。マリからダカールまでの旅客列車も現在はないようです。

12:57 料金所が登場。1,000フランのようでしたが、これは送迎料込みでした。
またも検問があり、ここも同様にパスできました。
道中、通信会社やモバイル送金サービスの看板はよく見ました。
アフリカで急速に広がっているモバイル送金サービスWave、セネガル発の送金サービスで国内外送金や公共料金支払いなどができるWari、電子マネーOrange Moneyなど。
こういう店でお金をチャージしては送金や支払いをしており、銀行よりもスマホがお財布になっているようです。


13:08 4時間弱かかって空港に到着。料金のXOF65,000を現金払い。
到着直前になって、Googleに口コミ書くよう強要されたので一応書きました。
サービス自体は悪くなかったので人にお勧めできる会社だと思います。
ダカールのブレーズ・ジャーニュ国際空港は市内から外れた場所にあります。
館内は誰でも入れますが、チェックイン・カウンターに行く前に荷物のX線チェックとeチケット確認が必要です。


17時の便のためまだカウンターが開いていなかったので、チェック前にあるOrane Caféなるカフェで休憩。
肉のサンドイッチ XOF4,000
ショソン・オ・ポム XOF1,500
コーラゼロ XOF1,500
m&m XOF1,500
合計 XOF8,500
味は問題なく食べられました。
14:15 チェックイン・カウンターへ。
カウンターはマルセイユ行きになっていたのですが、係員がビサウ行きはここに並べというので言われた通りに並んでいたら、窓口で確かに搭乗券をだしてくれました。なぜかは不明です・・・。
ビザをはじめ特に何も聞かれませんでした。
次はチェックイン・カウンターの隣にあるイミグレへ。比較的動線効率がよいつくりです。
ここでイミグレの女性係員が何やら言ってきます。
どうやら、日本のセネガル大使館でとったガンビアのビザに日付訂正があるからだめだ、などと言ってきます。
日本のセネガル大使館でも受取時に訂正した旨を聞いていました。これは絶対現地で問題になると言いましたが、大使館の日本人女性係員は正規のものなので問題ないと主張しろとのこと。
ガンビアのイミグレではなくてセネガルの出国時に言われるとは思いませんでしたが、大使館員に言われた通り正規のもので問題ないということを言ってみました。が、これが逆効果。
女特有のヒステリー発動5秒前といった感じで、こういうことはしてはいけない(つまり大使館の訂正印の意味がわからず勝手に私が修正したものと思っている)とか言ってきます。
最終的には、今回は許してあげると言われてセネガル出国。
そういえばまだガンビアではありませんでした。ガンビア入国時はどうなってしまうのか先が思いやられます。
教訓。セネガル大使館の係員が何を言おうが現地に行くのは自分です。ビザは訂正がない状態で書き直してもらいましょう!

セネガル大使館のせいでやや疲れましたが、次はセキュリティチェック。ここは通常の空港と同じで普通に通過。
制限エリアへ。横に長くてやや使いづらいレイアウト。
こちらのお店でカプチーノ(XOF2,000)を注文。おいしくはないが飲めました。

今回の航空会社は西アフリカのトーゴを拠点とするASKY航空。
KP52は、17:00 DSS→18:00 OXBでした。
17:11タクシング、17:22離陸とおおむね順調。
飲み物サービスはありませんでした。
客層には問題なし!ビサウのサッカーチームと同じ便でした。搭乗率70%くらいといったところ。
ギニアビサウが近づき、島々がみえてきました。
ビサウ観光へ続きます。
