旅行日:2025/6/14(土) ※本文中の値段は訪問当時のものです。
【中国】
正式名称は中華人民共和国で、首都は北京。面積は約960万平方キロメートルで、ロシア、カナダに次いで世界で3番目または4番目に大きい国土を持つ国です。東は太平洋に面し、北はモンゴルやロシア、西はカザフスタンやインドなど、南はベトナムやミャンマーなど、多くの国と国境を接しています。国土が非常に広いため、東部の沿岸地域から西部の高原・砂漠地帯まで、地形や気候も大きく異なります。
中国の歴史は非常に古く、数千年にわたって王朝が興亡を繰り返してきました。紀元前には黄河流域を中心に古代文明が発展し、伝説上の夏王朝、続いて殷(商)、周などの王朝が成立しました。特に周の時代には、後の中国思想に大きな影響を与える儒家や道家などの思想が生まれ、孔子などの思想家が活躍しました。
紀元前221年には、秦の始皇帝が中国を初めて大規模に統一しました。秦は短期間で滅亡しましたが、中央集権的な国家制度を整え、その後の中国の政治制度に大きな影響を与えました。続く漢王朝の時代には国家がさらに発展し、シルクロードを通じて中央アジアや西方との交流も盛んになりました。この時代には、紙の発明など、中国の文明や技術の発展も進みました。
その後、中国では三国時代や南北朝時代など、複数の国に分かれて争う時代が続きました。しかし、隋が再び中国を統一し、続く唐の時代には政治・経済・文化が大きく発展しました。唐の都であった長安(現在の西安)は国際都市として栄え、日本からも遣唐使が派遣されるなど、東アジア各地との交流が盛んに行われました。
宋の時代には、経済や商業がさらに発展し、紙幣や印刷技術、火薬、羅針盤などの技術が発達しました。その後、13世紀にはモンゴル帝国を築いたフビライが中国を支配し、元王朝を成立させました。元の時代には、東西の交易が活発になり、ヨーロッパから中国を訪れる人々も増えました。イタリアの商人マルコ・ポーロの旅行記によって、中国の豊かさがヨーロッパにも広く知られるようになったとされています。
14世紀後半には漢民族による明王朝が成立し、北京に現在の故宮につながる宮殿が整備されました。また、鄭和による大規模な航海が行われ、東南アジアやインド洋沿岸などとの交流も広がりました。17世紀には満州族が中国を支配し、清王朝を成立させました。清の時代には領土が大きく拡大し、現在の中国の国土につながる広大な領域を支配しました。
しかし19世紀になると、ヨーロッパ諸国との関係が大きく変化します。アヘン戦争で清がイギリスに敗れると、中国は不平等条約を結ばされ、外国勢力による影響が強まっていきました。その後、国内でも反乱や政治的混乱が相次ぎ、清王朝は次第に弱体化していきました。1911年の辛亥革命によって清王朝は倒れ、翌1912年に中華民国が成立しました。
その後の中国では、国民党と中国共産党の対立や、日本との戦争など、非常に大きな混乱が続きました。第二次世界大戦後には国共内戦が再び激しくなり、1949年に中国共産党が勝利すると、中華人民共和国が成立しました。一方、国民党政府は台湾へ移り、現在の中華民国(台湾)につながっています。
1949年以降の中国では、毛沢東を中心とする社会主義国家としての建設が進められました。1950年代から1970年代にかけては、大躍進政策や文化大革命など、大きな社会的・政治的変化が起こりました。特に文化大革命では社会や教育、文化などに大きな混乱が生じました。
1978年以降は、鄧小平の指導のもとで改革開放政策が進められ、市場経済の導入や外国企業の受け入れが進みました。その結果、中国は急速な経済成長を遂げ、工業化や都市化が進展しました。現在では世界有数の経済大国となり、製造業、貿易、IT、通信、電気自動車、再生可能エネルギーなど、さまざまな分野で大きな存在感を持っています。
公用語は標準中国語(普通話)で、漢字が広く使用されています。中国は国土が非常に広いため、地域によって言語や文化にも大きな違いがあります。代表的なものとして、広東語や上海語などがあり、少数民族の言語も数多く存在します。通貨は人民元(CNY。RenMinBi→RMBとも略される)です。
人口は約14億人で、世界でも最も人口の多い国の一つです。ただし、近年は少子高齢化が進み、人口は減少傾向にあります。人口の多くは漢民族ですが、チベット族、ウイグル族、モンゴル族、回族、朝鮮族など、さまざまな少数民族も暮らしています。
観光面では、長い歴史と広大な国土を背景に、数多くの歴史的・文化的な観光地があります。北京には、歴代皇帝の宮殿として使われた故宮や、天安門広場、天壇などがあります。また、世界的に有名な万里の長城も北京周辺に位置しています。西安には秦の始皇帝陵と兵馬俑があり、古代中国の歴史を感じることができます。上海は近代的な高層ビルが立ち並ぶ国際都市として知られ、四川省の成都ではジャイアントパンダを見ることができます。
世界遺産も非常に多く、万里の長城、北京と瀋陽の故宮、秦始皇帝陵及び兵馬俑坑、莫高窟、九寨溝、黄山など、多くの文化遺産・自然遺産がユネスコの世界遺産に登録されています。
中国は、古代文明から近代国家、そして現在の経済大国へと大きく変化してきた歴史を持ち、歴史・文化・自然のいずれの面でも非常に多様な国です。

今回はANAのNH961(8:55HND→12:00PEK B777-300)で向かいました。
ANAエコノミーらしく、CAの接客はテンプレをなぞるだけで気が利かないですが、そういうサービスなので仕方ありません。
この日は11:15ごろ着陸し、11:35機外に出るという早いパターン。
11:40にイミグレの列に並び、通過して荷物ピックアップ→税関は素通り→荷物検査X線→12:12到着ロビーにでました。


11年ぶり5回目の北京。

8時間以上の乗継時間があれば空港から無料市内ツアーがでているようです。まるで中東のようなサービスです。

2025年にもなると世界では配車アプリでの移動が主なのですが、中国も同様です。空港にはピックアップの場所があるので、そこからアプリで呼べばOKです。
AlipayのDidi機能では前払いが必要で事後精算。支払いのたびに6桁のパスワードが必要です。
一人目は電話で言葉が通じず切られてしまいましたが、後で返金されました。


Ramada by Wyndham Beijing Airport

今回は翌朝の便が早いため、空港近くのRamada by Wyndham Beijing Airportに泊まってみました。
空港から車で12分もかかり意外と遠かったので、早朝便のためにこのエリアに泊まる必要はなかったのかもしれません。空港シャトルもありますが、前日「に」予約必要。早くの予約はできません。
バス停は近くにありますが、使っていないので利便性は不明。
フロントは定型的なやりとりなら英語はOK。
1Fにランドリーを発見しましたが未利用です。
ベッドは適度な硬さ。
シャワーはレインフォールしか出ませんでしたが、水圧はそこそこでお湯は出ました。
ドライヤーの風圧もそこそこ。
石鹸、シャンプー、コンディショナー、バスジェル、ボディローションは使い捨て型。
スリッパ、バスローブ、デンタルキット、ティッシュ、TV、金庫、可動ハンガー8本、湯沸かしと紅茶コーヒーあり。
WIFIはSMS認証があり中国の電話番号が必要。
トイレシャワーはありません。
ペットボトル水は550ml×2。
飛行機がかなり近くを飛ぶので結構音がします。そのためか耳栓がありました。
空港行のシャトルはチェックインの時に予約可、時間が決まっているので要注意です。




この後チベットに行くため、予約した旅行会社がホテルに送った郵便(チベット許可証)を受け取ります。
フロントは定型的な英語は通じるのですが、郵便を受け取りたいという変則的な会話は対象外のようで、翻訳機を使うことに。

フロントの方と探したら、ラゲージルームに置かれているのを無事発見。
これでチベットへ行くことができます。
北京はもう5回目ということもあり、主な見どころはそこそこ訪問済ですが、それでも見終わらないのが北京。
まずは雍和宮に行くことにしました。
Alipay内Didi 14:25 Ramada by Wyndham Beijing Airport → 14:58雍和宮CNY61.45
北京市内観光
雍和宮 Yōnghé Gōng
【雍和宮】
北京を代表するチベット仏教寺院のひとつ。もともとは清朝の皇族・雍正帝ゆかりの邸宅でしたが、1744年に寺院へと改められました。赤と黄色を基調とした華やかな建築が特徴で、特に高さ約18mの巨大な弥勒仏像は必見です。
入場料もAlipay払い。CNY25でした。
今やどこでもアプリ払いで便利。現金は本当に使わなくなりました。
看板は漢、満、蒙、チベットの四つの言葉で書かれています。


通路を抜けると左に鼓楼、右に鐘楼があります。



正面は雍和門。ここから仏像などがある建物の前にお祈りスペースがあり、かなり本降りの雨にもかかわらず跪いてお祈りする人がかなりいました。
建物内でお祈りする人もいて、まねしてお祈りしてみました。
雍和門には大きめの像があるのですが、ここから内部撮影禁止が続きます。


雍和門を抜けると広場があります。
中央に石碑がある四体文碑亭があり、向かって左が入口端にマニ車がある講経殿で女の仏像があり、右が密宗殿で男の仏像があります。



広場奥は雍和宮です。ここには三体の男の大仏が置かれています。



次の永佑殿は三体の女性大仏が並んでいます。

雍和宮を抜けて正面は法輪殿。これが正殿にあたります。
向かって右は東配殿。青い顔の鬼なのか仏なのかが並んでいます。二体の大きめの動物像もありました。
西配殿には9体の金色の菩薩像が並んでいました。
法輪殿に入ると、たくさんのぼんぼりのようなものがあり、中央に金色の大仏が鎮座していました。
法輪殿をぬけて右側に並んでる建物は班禅楼。小さな展示室になっていて、骨でつくった楽器、立派な曼荼羅などが見られました。

法輪殿の左側の建物は戒台楼。これも展示室になっています。いきなり習近平が登場し、民族団結を呼びかけます。中央は僧侶の像が置かれていました。
法輪殿の正面は萬福閣。ギネス認定18メートルの巨大仏像があり、ここに来たらこれは必見です。
肩に植物を乗せているように見えました。


法輪殿の裏は観音洞になっています。外からお祈りできますが中には入れませんでした。

後ろの建物は綏成楼です。暗い中に仏像や関係者の像が並んでいました。

出口から外に出ると軌道交通の雍和宮駅はすぐそこ。導線効率ばっちりです。
軌道交通はクレカタッチまたはAlipayで乗れます。
改札前に荷物と人のX線チェックがありますが、厳しくはないようです。
クーラーの強弱が車両で異なるので注意です。


軌道交通 17:00雍和宮→17:04鼓楼大街17:11→什刹海
【世界遺産(大運河)】什刹海公園 Shíchàhǎi Gōngyuán
什刹海(前海、后海、西海の総称)は、北京の中心部にある水辺の公園・歴史地区。前海・後海・西海からなる水域を中心に、昔ながらの胡同や四合院が残り、北京らしい古都の雰囲気を楽しめます。「北方の水郷」とも呼ばれ、湖畔を散策したり、周辺のお店やカフェを訪れたりするのにもぴったりの場所です。
また、このエリアは世界遺産にも「大運河」として登録されています。元代に建設された大運河の末端部分にあたる水路「通恵河」の重要な一部、および水源地として機能しました。当時、杭州などの南方から運ばれてきた膨大な物資や穀物は、大運河を通って什刹海周辺まで運ばれ、当時の首都(元代の大都)の人々の生活や国家の財政を支えました。

什刹海駅から出るとすぐ運河エリアに出ます。
金錠橋の近くには傘が置いてあり、いかにも中国といった風情です。



このあたりは前海。かつてこのあたりが物流ターミナルだったんですね。
鼓楼近くのエリアは飲食店やフードコート多めで、何を食べようか目移りします。




かなりにぎわっていましたが、あまりガイドブックには書かれていないこともあり、中国人向けのスポットといった印象です。
11年ぶりの北京ということで、北京ダックにしてみました。
適当に地安門烤鴨店にしてみました。
中国語のみですが親切に対応してくれました。


北京ダック(半羽108元)、ライスペーパー(2元)、米飯(3元)、合計113元でした。
甘いソースはおいしかったのですが、鶏肉の割に量が少ない気がします。
北京ダック自体は問題ない味でした。飛び上がるほどおいしいとはいきませんが、値段的にもこんなもんだと思います。
【世界遺産(北京中軸線の一つ)】鼓楼 Gǔlóu・鐘楼 Zhōnglóu

鼓楼は、北京の南北中軸線の北側に建つ、歴史ある楼閣。元・明・清の時代には、太鼓を鳴らして都に時刻を知らせる「時報」の役割を担っていました。現在は内部に大きな太鼓が展示され、定期的に太鼓のパフォーマンスも行われています。楼上からは北京の古い街並みを眺めることができます。
鐘楼は、鼓楼の北側に建つもうひとつの歴史的な楼閣。かつては大きな鐘を鳴らして時刻を知らせる役割を担っていました。現在の建物は清代に再建されたもので、内部には明代の永楽年間に鋳造された巨大な銅鐘が残されています。
食後は、すぐ近くにある鼓楼と鐘楼にやってきました。
すでにクローズしていて、しかもすごい雨なので、写真だけ撮ってさっさと戻ることにしました。


