旅行日:2025/3/21(金) ※本文中の値段は訪問当時のものです。
【カタール】
カタールは、中東のアラビア半島東部に位置する国です。首都はドーハ。
南はサウジアラビアと国境を接し、その他の三方はペルシャ湾(アラビア湾)に囲まれています。国土は半島状になっており、面積は約1万1,600平方キロメートルと日本の秋田県ほどの大きさです。
現在のカタールは、1971年にイギリスから独立して建国されました。以来、アル・サーニ家による君主制国家として発展を続けています。豊富な天然ガスや石油資源を背景に急速な経済成長を遂げ、世界でも有数の高所得国として知られています。
公用語はアラビア語です。英語もビジネスや日常生活で広く使用されています。通貨はカタール・リヤル(QAR)です。
人口は約300万人ですが、その約9割を外国人労働者が占めています。経済は天然ガスと石油産業が中心で、特に液化天然ガス(LNG)の輸出では世界有数の規模を誇ります。近年は経済の多角化を進め、金融、航空、観光、教育、スポーツなどへの投資も積極的に行っています。
政治面では、首長(アミール)が国家元首を務める絶対君主制を採用しています。中東地域では比較的安定した政治体制を維持しており、国際的な外交や仲介活動にも積極的に取り組んでいます。また、2022年には中東で初めてFIFAワールドカップを開催し、世界的な注目を集めました。
観光面では、近代的な高層ビルが立ち並ぶドーハの街並みや、伝統市場のスーク・ワーキフ、イスラム美術館、広大な砂漠と内海が広がるホール・アル・アダイド(インランド・シー)などが人気の観光地です。世界遺産としては、「アル・ズバラ考古遺跡」がユネスコの世界遺産に登録されており、18〜19世紀に栄えた交易都市の歴史を今に伝えています。
ドーハから日帰りで世界遺産アル・ズバラ考古遺跡に向かいます。
朝は湿気がなくて日陰は涼しいのですが、日差しはなかなか強め。
さて、アル・ズバラ考古遺跡は首都ドーハから約100km北西ほどと遠くはないのですが、公共交通機関でのアクセスは難しく、かつては存在したらしい遺跡まで直接向かう定期路線バスは運休になっています。
結論を先に書くと、自分で運転するか、日帰りツアーまたはタクシーなどのチャーターで行く!これに尽きます。
そんなことはつゆしらず、絶対にやめた方がいいのにこのときは自力で行ってみようとしてしまいました。

ネット情報ではAl Ghanim Bus Stationからまずバスに乗っていくとのこと。
ということでAl Ghanim Bus Stationに来てみましたが、駐車場になっているようでした。
おかしいと思い別のサイトで調べたら、こちらは2022年6月から閉鎖されているようでした・・・。
そのサイトの情報によると新しいバスターミナルはMsheireb(ムシェイレブ)だと書かれていたので、Uberで移動してみることに。
Uber 9:10 Al Ghanim Bus Station→9:15 Msheireb Bus Station QAR7.20
ここはメトロのMsheireb駅直結です。
早速バスターミナルのスタッフにアル・ズバラ方面へのバスを聞くと、ここではなくLusail(ルセイル)バスターミナルから出ているからそこまでメトロで行けと言います。
ちなみに、このバスターミナルには売店はなさそうなので、必要な方は事前にご準備を。


すぐ隣のメトロのMsheireb駅へ。
ドーハ・メトロのレッドライン、ゴールドライン、グリーンラインが乗り入れるカタール最大の地下鉄駅です。



メトロに乗るには「トラベルカード」が必要です。
カード代10リヤル+トップアップ10リヤル(最低金額)にしました。購入時カード払い可能です。合計QAR20。

新しくてホームはかなりきれいです。
ゴールド車両があるのはドバイメトロ同様です。
座席は横長席が向かい合う形。車体の横幅は狭いように感じました。



Lusail Stadiumが見えてきました。見覚えのある方もいらっしゃるでしょう。
2022年開催のFIFAワールドカップ・カタール大会のために建設されたもので、収容人数は約8万8,000人と、大会で使用された会場の中で最大規模です。
スタジアムのデザインはアラブの伝統的なランタン「ファナール」を基にしており、イスラム美術の装飾模様が取り入れられています。
Red line (空港直結線) 9:37 Musheireb→10:02Lusail QNB QAR2
Lusailバスターミナルに到着。ここも恐らくバスターミナルに売店はないようです。
係員らしき人にきいたら、まずAl Khorに行き、さらに705番バスに乗り換えるように言われました。
※後で調べたところ、704番も北に向かいます。



バスに乗るには、また別にカードが必要とのこと。
カード代10リヤル+トップアップ20リヤルにしました。これもクレカ払い可能です。
Yutongのバスでした。最近世界では中国バスをよく見かけます。
やはりちゃんとした車は体の負担が少ないことを実感。アフリカ旅行の後だったのでその違いを感じます。
バスはSumaysimahやその南の区画、Tinbakをぐるぐる細かく回るため、地図で見るより時間がかかりました。


バス722 10:20 Lusail→11:20 Al Khor Mall QAR2.52
Al Khor Mallなるショッピングモールで下車。
降りたところに705番バスがくるとのことですが、日除けもなく炎天下で暑い・・・。
ただ、ネットで調べるとこのバスもアルズバラには行かないようで、北の端のAl Ruwais止まりとのこと。
どのみちタクシーに乗らないと遺跡には行けないようです。



20分ほどしてバスがやってきましたが、702番だったのでもうUberをよぶことにしました。
Al Ruwais行きの704番バスは45分おき、705番バスは90分おきのようで、ここで見限っておいてよかったです。
帰国してカタールの全路線を調べましたが、アル=ズバラ付近を通るバスはありません(2026年)。
路線ができるまでは、潔くツアーに申し込んでください!
Uberが来たのですが、運転手は「ドーハに行くものと思っていた、ズバラには行かない」とのことでキャンセル。
そんなことあるんですか・・・。
仕方がないので2台目をよびました。これはちゃんと行ってくれるようです。よかったよかった。
12:05ごろ、対向車線でバスを発見!番号わからず。
たぶん705番のAl Ruwais発Al Khor方面行きと思われます。

Uber車内ではひたすらコーランを流すラジオをかけていました。
そういえば今日は金曜日。
バスではたどり着けないことはもうわかりましたが、そもそも金曜に公共交通機関で移動しようという考えがよくなかったです・・・。
11:55 Al Khor Mall→12:39 アル・ズバラ QAR113.18+チップ
世界遺産 アル・ズバラ考古遺跡

そういうわけで無事アル・ズバラ考古学遺跡に到着しました。
出発は8:45だったので4時間もかかりました。
何度も言いますが、絶対に公共交通機関で行くのは避けましょう。
【世界遺産】アル・ズバラ考古学遺跡
カタール北西部に位置する、18~19世紀にかけて栄えた港湾都市の遺跡です。当時は真珠採取や海上貿易の拠点として繁栄し、城壁や住居、市場、モスクなどの都市遺構が現在も良好な状態で残されています。しかし、19世紀初頭の紛争や交易ルートの変化によって衰退し、やがて放棄されました。砂漠の砂に覆われたことで保存状態が良好に保たれ、ペルシャ湾地域における交易都市や真珠産業の歴史を伝える貴重な遺跡として評価されています。その価値が認められ、2013年にユネスコの世界遺産に登録されました。
アル・ズバラ砦

まずはアル・ズバラ遺跡の入口に建つアル・ズバラ砦(Al Zubarah Fort)へ。
木のドアを通って中に入ると中庭になっていました。
無料なのですが入場時にチケットをくれました。
砦自体は小さいです。

この砦は遺跡の中心だった18世紀の建造物ではなく、1938年に建設された比較的新しい要塞です。
18世紀に栄えた港町アル・ズバラを守るための砦ではなく、海岸の監視や沿岸警備、警察署として利用する目的で築かれました。
砦は厚い日干しレンガと石灰岩の壁で造られ、四隅には見張り塔が設けられています。丸い塔と四角い塔を組み合わせた構造が特徴で、敵の監視や防御だけでなく、暑い砂漠の気候に対応するため、風通しを考慮した造りになっています。中庭を囲むように兵士の居室や倉庫、井戸などが配置され、当時の要塞建築の様子を知ることができます。




現在は遺跡に関する展示室として利用されており、アル・ズバラ遺跡から出土した陶器や真珠採取の道具、交易品などを紹介しています。





上からは砦の全景が見られるというので、塔を上ってみました。




遠くにはペルシャ湾(アラビア湾)が見えます。
手前は遺跡エリアのようです。
遺跡エリア

見学後、門の前にバスが止まっていたので聞くと、遺跡エリア(Archaeological site)に向かうフリーシャトルバスでした。とりあえず乗ってみることに。
ガイド付きツアーですが、これまた無料です。
予約なしでも参加OKでした。
到着後は整備された木道(ボードウォーク)を歩きながら、約250年前に栄えた港町の跡を見学できます。
アル・ズバラは18世紀半ばに築かれ、真珠採取と海上貿易によって繁栄したカタール最大級の港町でした。
当時はペルシャ湾だけでなく、インド洋やアラビア半島、西アジアとも交易を行い、多くの商人や職人が暮らしていました。
しかし、1811年の攻撃によって町は大きな被害を受け、その後衰退し、20世紀初頭には完全に放棄されました。
放棄後は砂漠の砂に覆われたことで、当時の町並みが良好な状態で保存されています。
遺跡では、碁盤の目のように整備された道路をはじめ、住宅跡、市場(スーク)、モスク、商人の邸宅、漁師の住居などを見ることができます。
スークがあることから、アル・ズバラが単なる漁村ではなく、真珠や輸入陶器などが売買される国際交易都市だったことがわかります。
また、商人の大邸宅と一般住宅が区画ごとに分かれていることから、当時の社会構造も想像できます。
発掘されている範囲は遺跡全体の一部に過ぎませんが、港へ向かって延びる町の構造や、城壁に囲まれた計画都市であったことが分かります。
町が放棄された後に近代都市へと発展せず砂に埋もれたことで18~19世紀の港町の姿がほぼそのまま保存されており、石油産業が始まる以前の湾岸地域の人々の暮らしや交易、真珠産業を知ることができる貴重な遺跡となっています。
最初に見えるのは「北の家」。
真珠関係の貿易商のものと考えられている豪邸で、10の中庭、ハマム、応接室、階段、独自の防衛塔があったといいます。



木道をどんどん進んでいくと、海際で行き止まりとなりました。



ペルシャ湾(アラビア湾)が目の前に広がります。

その先にも遺跡はあるようですが、まだ発掘途中のようです。
遺跡エリアはこれでおしまい。
ガイドの説明があってよかったのですが、見学時間は15分くらいで結構早く終わった印象です。
見学後はひぃひぃ言いながら奇跡的になんとかカタール市内に戻れました。
最後にもう一度書きます。
アル=ズバラへは自分で運転するか、日帰りツアーまたはタクシーなどのチャーターで!
直通バスの復活を祈ります。
