ガンビアで食中毒のような下痢症状に見舞われてから3日目。
体調は万全ではありませんでしたが、ギニアの首都コナクリへ向かいました。
旅行日:2024/11/26(火)-11/28(木) ※本文中の値段とビザ情報は訪問当時のものです。
【ギニア】
ギニアは、西アフリカの大西洋沿いに位置する国です。首都はコナクリ。
西アフリカの主要な河川(ニジェール川、セネガル川、ガンビア川)の源流があることから「西アフリカの水がめ」とも呼ばれ、豊かな自然と鉱物資源に恵まれた国として知られています。
19世紀からフランスの植民地(フランス領ギニア)となりましたが、1958年に独立しました。当時、フランス大統領デ・ゴールが提示した「フランス共同体」への残留案に対し、アフリカの仏領植民地の中で唯一「ノー」を突きつけ、完全独立を勝ち取ったという毅然とした歴史を持っています。
公用語はフランス語ですが、プラー(フルベ語/フラニ語)、マディンゴ語、スス語など、多くの民族言語も日常的に広く使われています。通貨はギニア・フラン(GNF)です。
世界有数の埋蔵量を誇るボーキサイト(アルミニウムの原料)や鉄鉱石、金、ダイヤモンドなどの豊富な鉱物資源に恵まれており、これらが輸出の大部分を占めています。また、農業や漁業も盛んですが、資源の豊かさに対してインフラ開発や経済の多様化が遅れており、現在も低所得国の一つに数えられています。
独立後は初代大統領セク・トゥーレによる独裁や、その後の軍事クーデターなど、長期にわたり政治的な動乱を経験してきました。2021年の軍事クーデター以降は暫定政権による統治が続いており、民政移管が課題となっています。
観光面では、首都コナクリのグランド・モスクや歴史的なモニュメントをはじめ、首都沖のロス諸島も人気の観光地です。豊かな熱帯雨林、カンバダガの滝などがありハイキングに最適なフータ・ジャロンの高地など美しい自然が魅力ですが、観光インフラは未発達です。
世界遺産としては、コートジボワールにまたがる「ニンバ山厳正自然保護区」がユネスコの世界遺産(自然遺産)に登録されています。絶滅危惧種の胎生カエルやチンパンジーが生息する貴重な生態系が残されていますが、周辺の採掘計画や難民流入の影響から、現在は「危機遺産リスト」にも登録されています。
ビザ
ギニアは観光ビザが必要で、e-visaで申請後、アライバルで取得しました。(2024年10月現在)
ギニア:eVisa→VOAカウンター
1.eVisa
観光ビザの申請。始める前にアップロードするファイルを200KB以内にしておくのがおすすめ。200KBという小ささが地味に面倒。
https://www.paf.gov.gn/visa/
登録したメアドにコードが送られてメール認証
↓
1.個人情報記入(出生地、婚姻、職業)
↓
Online Application IDとパスワードが送られてくる
↓
2.パスポート情報記入
3.ビザ種類、入国日・出国日、ホテル情報(名前・電話番号・住所)
Tourist Visaが選択肢になかったのでEntry Visaにしてみました。
4.パスポートデータページ、写真(150 X 200 以上)、Others Uploadセクションで航空券
いずれも PDF / JPG / PNG / GIF / BMP 200KB以内
5.支払 Visa, masterのみ
USD80+2% processing fee and 18% VAT on processing feeでUSD81.89
↓
ApplicationFormが送られてくる
↓
ApproveされるとRecépissé d’Inscription(PDF)が送られてくるので印刷する
イエローカードの提出欄がなく出し忘れましたが、無事Approveされました。
VISA Approvalは申請後10時間で受領できました。
2.VOAカウンター
・印刷したRecépissé d’Inscription
・A valid return ticket
・Proof of accommodation
指紋取得、顔写真撮影。実際のビザはこの写真で作成。残高証明は使用せず。
Day1 ギニア入国
コナクリ国際空港到着
17:05 FNA→18:20 BJL ASKY航空 KP22
実際には18時15分に到着し、予定よりもかなり前倒しでの着陸となりました。
コナクリ国際空港に到着すると、すぐに係員のおばちゃんに「アライバルビザ(VOA)の列はこっちだ」と案内されました。ビザの申請セクションには3つのブースが並んでいます。

まず一番左のブースで事前に用意していたeVisaの書類を提出し、写真撮影と指紋採取を行います。
次に真ん中のブースへ進むと、パスポートにビザのステッカーを貼ってもらえます。
一番右のブースは立ち寄らなくて良いと言われ、18時45分には無事にビザセクションを通過することができました。

続いて入国審査です。パスポートを提出するだけで何も質問されず、スムーズにスタンプが押されました。
手荷物のX線チェックでは、中国人の旅行客が大量の荷物を持ち込んでいたため通過に少し時間がかかりました。
空港内のあちこちに「汚職撲滅」のステッカーが貼られていたためか、到着時には噂に聞くような賄賂の要求はなし。イエローカード(黄熱病予防接種証明書)のチェックもありませんでした。

出口に近い通路にあるATMで現地通貨ギニア・フラン(GNF)をキャッシングし、19:22にホテルの送迎車で出発しました。車内はエアコンがよく効いており、窓が閉まっていたため非常に快適でした。

今回のホテルはSouaré Premium Hotelです。
到着後、翌日の市内観光用タクシーの手配を行いました。交渉の結果、9:30~10:00頃出発、5時間チャーターで65ユーロとなりました。支払いはユーロ現金でも可能でした。
(写真は翌日撮影)

ホテルのレストランでは体調を気遣ってくれたのか、無料でバナナをいただくことができ、その優しさが身に沁みました。
部屋に入ってリラックス。
客室のベッドは適度な硬さで寝心地が良かったです。蚊帳はありませんが、エアコン、テレビ、湯沸かし器、金庫など必要な設備は一通り揃っています。フリーのインスタントコーヒーや紅茶のほか、クローゼットにはきれいな固定式ではない普通のハンガーが5本用意されていました。
アメニティ類はかなり充実しています。シャンプー、コンディショナー、ボディソープ、ローションは使い捨てタイプで、他にもコットン、カミソリ、歯ブラシ、綿棒、靴磨き、ソーイングセットまで揃っていました。
水回りに関しては少し注意が必要です。シャワーの水圧はそこそこですが、お湯はかなりぬるいものしか出ませんでした。トイレはシャワー付き(ノズルを回すとウォシュレットの位置から水が出るタイプ)で、ペーパーもちゃんと設置されています。
8階にあるレストランはとても眺めが良く、お料理の味も美味しかったです。セネガル人のマネージャーさんはフランス語しか通じませんが、ものすごく親切に対応してくれて嬉しかったです。


Day2 コナクリ市内観光
翌朝は7:15起床。
前夜に食べたバナナが原因かどうかは不明ですが、再びお腹が崩れました。朝食は部屋へ持ち帰り、後で食べることにしました。
ホテルの部屋からの眺めを見ながら準備していたら連絡が。



タクシーは9:30頃到着予定でしたが、実際にはなんと9:15に到着していました。
早く来るとは思っていなかったので、結局9:36に出発することになりました。
当初ドライバーはやや警戒している様子でしたが、会話を重ねるうちに打ち解けていきました。
グランド・モスク(Grande Mosquée)

最初に訪れたのはグランド・モスクです。このモスクは、ギニアの初代大統領セク・トゥーレの呼びかけにより、サウジアラビアのファハド国王からの多額の資金援助を受けて1982年に建立された、西アフリカ最大級のイスラム礼拝所です。
通常は観光客向けの入場料が必要と思われますが、タクシー運転手がセキュリティや関係者と上手くネゴシエーションをしてくれた結果、無料で内部を見学することができました。


しかし、ちょうど礼拝の時間と重なってしまったため、周囲の礼拝者から「ヒジャブ(頭を覆う布)を被っていないから駄目だ」と指摘され、途中で外に出ることになりました。こちらは男なのですが。。不思議なやり取りでした。

次のモニュメントまでの道中で見たオブジェ。
ニンバと呼ばれる「豊穣と子宝の女神」を表した伝統的な仮面で、ギニアフランの紙幣にも描かれています。
お祭りの際に人間が肩に担いで、くり抜かれた目の隙間や、胸の間の穴から外を覗き、下部の4本の脚をダンサーが肩で支え、体全体を植物の繊維で覆って踊ります。
11月22日モニュメント(Monument du 22 Novembre)


「11月22日モニュメント」は、1970年11月22日に、当時のセク・トゥーレ政権を転覆させようとポルトガル軍がコナクリに侵攻してきた際、ギニア軍民がそれを撃退した歴史を記念して建てられた塔です。
モニュメントの周囲には警察官(軍?)がいましたが、ここでも運転手にいくらかの報酬を渡し、交渉してもらうことで近くで見学できました。
なお、この塔に刻まれているフランス語の文章は、現代のフランス語ネイティブスピーカーにとっては変わった表現になっているそうです。





近くに海岸があります。
安全性は不明なので車窓からのみにしました。
聖マリア教会(Cathédrale Sainte-Marie)

続いて向かった聖マリア教会は、1928年のフランス植民地時代に建設が始まったカトリックの大聖堂です。
ギニアは人口の9割近くがイスラム教徒の国ですが、この大聖堂は異なる宗教が平和的に共存している象徴として、街の中心部に堂々と佇んでいます。
以前、日本人ツアー客がここで「因縁をつけられた」という話を耳にしましたが、ここでも運転手がセキュリティを探して事前にネゴシエーションをしてくれたおかげで、嫌がらせや因縁をつけられることもなく、無料でスムーズに見学できました。


内部もちょうど開いていたので見学することができました。一歩中に足を踏み入れると、外の喧騒を忘れさせる美しい空間が広がっています。




回廊にはキリストの受難を描いた絵画が配置されています。全体的に淡い色遣いの絵が多かったです。



アフリカならではの絵もありました。
国立博物館(Musée National)

ここはギニアの伝統的な美術品や植民地時代の歴史を伝える場所ですが、現在の建物はまるで廃墟のような状態です。
運転手が事前に博物館のガイドと話をしてOKをもらってから車を降りました。
建物内部ではなく、屋外にある彫像や記念碑をガイドが解説してくれるスタイルで、案内後にガイド料を支払いました。

敷地内には1897年に建てられたコナクリ最古の家があり、もともとはレンガ造りだったものを2000年にコンクリートへ改築したそうですが、現在は中は空っぽです。
次に、フランスに征服される前の最後の王様であるアルマミー(Almamy)の像や、フレンチ・コロニアル様式の帽子をイメージして作られたレストランの屋根などを見学しました。


モニュメントがたくさん並んでいます。
・ギニアに初めて鉄道を敷設したフランス領ギニア初代総督ノエル・バレイの像
・フランスの植民地支配に抵抗した活動家たち
・ギニア中部でレジスタンスを率いたアルファ・ヤヤ・ジャロの像
・聖マリア教会を建てたレイモン・ルルージュ司教の石碑
・かつて公務員並みの給与を国から支給されていたという高名な女性歌手の碑
・マラリア治療に尽力したモアール医師の碑
・・・など、ギニアの複雑な歴史の足跡が並んでいました。
また、18年間にわたりフランス軍と戦い続けた英雄サモリ・トゥーレの歴史や、病気療養のためにアメリカへ渡りそこで亡くなったギニア初代大統領アフメド・セク・トゥーレの歴史についても学ぶことができました。










ホテルで療養
5時間の約束でしたがもう見たいものは見終わってしまったので、2時間余っていますが12:22にホテルへ戻り、運転手に約束通りの65ユーロを支払いました。
ランチはホテルのレストランへ。
体調が悪いという話をして、スタッフが特別に野菜スープを作ってくれたのですが、いざ運ばれてくるとガーリックがたっぷりと入っていました。事前にあれは入れるなこれは入れるなと言ったのですが、ガーリックまで考えませんでした・・・。

非常に美味しそうな匂いがして味もなかなか良かっただけに本当に残念ですが、弱った胃腸には刺激が強すぎると判断し食べるのを断念しました。
スープ代は75,000フランでした。
※注 ほぼ手つかずのスープは別の方がおいしくいただいていました。
代わりにボソボソとした現地の白米をいただきましたが、久しぶりの固形物だったため、とても美味しく感じられました。また、35,000フランのリンゴジュースは激甘でしたが、これも体へのエネルギーとして染み渡りました。
25,000フランのボトル水を注文し、レストランからもらったお砂糖と塩を混ぜて、お手製の経口補水液を作りました。薄味なので決して美味しくはありませんが、生き延びるための水分補給です。チップも少々置きました。
夕方には回復したように思えましたが、23時頃から再び下してしまいました。

Day3 ギニア出国
7:50に起床。
この後はセネガルのダカールへ向かうのですが、一気に夜のエールフランス便かシエラレオネ(フリータウン)経由のブリュッセル航空便でヨーロッパへ抜けてしまいたいと思うほど。
ホテルの朝食では、頼んでいない卵料理をスタッフが気を利かせて持ってきてくれましたが、殻が割れているものもありやや危険に思いました。一方で、パスタやじゃがいもは非常に味が良かったのですが、体調不良のせいで満足に食べられなかったことが悔やまれます。
エネルギー不足で体はふらふらとしていますが、11:40にホテルをチェックアウトし、11:45空港シャトルで出発しました。
車内では運転手から、もしコナクリ空港で賄賂を要求された場合の相場を仕入れておきました。


12:15に空港到着。
空港の建物に入ってからチェックインカウンターまでの間の通路は、過去数多の旅人がトラブルに巻き込まれた通称「賄賂街道」。短いコの字型の通路には多すぎるチェックポイント3箇所を通過しました。実際にパスポートをチェックされたのは2回でしたが、幸いにも賄賂要求はありませんでした。ただ黒人はお金を支払わされていました。
12:20に無事通過し、空港のチェックインカウンターに到着。誰も並んでいなかったため一瞬で手続きが完了しました。
続いて2階へとエスカレーターを上がる手前でパスポートと搭乗券のチェックがあり、税関へと進みます。ここでは何も質問されずにパスできましたが、隣のレーンでは西洋人の旅行客が質問攻めに遭っていました。

出国審査ですが、こちらも質問なしでスタンプが押されました。
審査官がパスポートを返してきて、立ち去る間際に手元で何かを飲む仕草(=小遣いを要求するサイン)をしてきました。
すでにパスポートは自分の手元に戻っており、わからないと言ってそのままその場を去りました。
最後のセキュリティチェックでも賄賂の要求はなく、持ち込んでいた1.5リットルのペットボトルの水もなぜかそのまま没収されずに通過でき、12:28には搭乗ゲートへ到着しました。

余ったギニア・フランを両替したかったのですが、両替所は1階の一般エリアにしかなく、一度2階の制限エリアに入るともう戻ることはできません。仕方なく2階のショップで手持ちの現金を使うことにしました。
シアバターのリップバームは3ユーロ(=35,000フランとのことでレートがおかしい。本来は27,300フラン程度)、ポストカード2枚を3ユーロで購入し、計70,000フランを使いました。さらに10,000フランでボトル水を買い、最終的に手元には100,000 GNF(=11米ドル相当)が残ることになりました。
ゲート付近のバーにはサンドイッチやスナック菓子しか置いておらず、胃腸が弱った状態では食べられそうなものがありませんでした。そのため、あまり胃腸によくはありませんが、日本から持参していたカントリーマアムとプロテインバーを食べてエネルギーを補給しました。プロテインバーは脂質が9gほどあり、チョコの味がかなりキツく感じられましたが、カントリーマアムは1枚脂質2.3gで食べやすく、体調不良時の日本のお菓子のありがたみを痛感しました。普段はサイズが小さくて悲しい気持ちになりますが、このときばかりは小さくて胃への負担が少なくむしろよかったです。
なお、空港のトイレ付近には制服を着た係員たちがたむろしており、チップを要求してくる可能性があります。トイレを利用する際は、他の一般の乗客の出入りが多いタイミングを狙って一緒に紛れて入るのが安全策です。
搭乗の際、ゲートで航空券を通しますが、なぜかその先のボーディングブリッジ内で再びゾーン別に並ばされるという不思議な運用がなされていました。最終的にはそこからゾーン順に機内へと案内されました。
15:35 CKY – 16:55 DSS EK797
機内は暑く、乗客は中国人が多め。機内では虫除けスプレー散布は2回ありました。
飛行機は15:30に動き出し、15:40に離陸しました。
機内食としてミニバーガーと水が配られましたが、バーガーは胃への負担を考慮して食べませんでした。
窓の外にはセネガルのカオラック周辺に広がる美しい湿地帯の景色が見えてきました。
16:45に着陸し、16:50到着。定刻通りのフライトでした。
セネガルのダカール旅行に続きます。
