ガンビア旅行(3) 首都バンジュール

アフリカ
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ガンビアの首都バンジュールを観光しました。

旅行日:2024/11/26(火) ※本文中の値段は訪問当時のものです。

【ガンビア】
ガンビアは、西アフリカの大西洋沿いに位置する国。首都はバンジュールです。
国土の周囲をぐるりとセネガルに囲まれており、ガンビア川の流域に沿って細長く伸びる、アフリカ大陸本土で最も面積が小さいユニークな形状の国として知られています。
19世紀からイギリスの植民地となり、1965年に独立しました。周囲のセネガルがフランス領だったのに対し、ガンビアがイギリス領となったのは、この地域を流れるガンビア川の交易権をイギリスが握ったという歴史的背景があります。

公用語は英語ですが、マディンゴ語やウォロフ語など、多くの民族言語も日常的に広く使われています。通貨はダラシ(GMD)です。

経済は農業に大きく依存しており、特に落花生(ピーナッツ)の栽培と輸出が主要産業です。また、大西洋に面していることから漁業も盛んです。近年では観光業が重要な外貨獲得源となっており、経済の柱として成長を続けていますが、依然として低所得国の一つであり、経済の多角化が課題となっています。

政治に関して、独立後は比較的安定していましたが、1994年のクーデター以降、ジャメ大統領による20年以上の独裁政権が続きました。しかし、2016年の大統領選挙で野党連合のバロウ氏が勝利し、2017年に現政権が発足。民主化への大きな転換期を迎え、国際社会への復帰と政治の安定化が進められています。

観光面では、ヨーロッパから比較的近い「冬でも暖かいビーチリゾート」として人気を集めています。また、ガンビア川流域は「野鳥の楽園」としても有名で、世界中のバードウォッチャーが訪れます。穏やかな国民性から「微笑みの海岸(The Smiling Coast of Africa)」とも呼ばれます。西アフリカの中では比較的治安が安定しており、初めてアフリカを訪れる旅行者にも人気があります。
世界遺産としては、かつて奴隷貿易の拠点となった歴史を伝える「クンタ・キンテ島(旧ジェームズ島)と関連遺跡群」や、セネガルにまたがる神秘的な巨石墓群「セネガンビアの環状列石」の2つがユネスコの世界遺産(文化遺産)に登録されており、歴史的な見どころも豊富です。

夜中の4:00頃に目が覚めました。ひとまず熱は下がったようです。

しかし安心したのも束の間、1時間半後に再びお腹のトラブル再発。回復を期待していましたが、まだ治っていなかったようです。もう一回トイレに駆け込むことになり、これからの移動と出国に強い不安を覚えました。症状から察するに、やはりサルモネラ菌などの細菌性食中毒だったのではないかと思います。

調べるとこのホテルは食中毒に関する口コミがありました。それによると、ベナチン(肉や魚、野菜を米と一緒に炊き込んだ伝統的なローカル料理)が原因と思われ、食後24時間以内の激しい嘔吐、および3日間にわたる下痢だったようで、だいたい症状が似ています。高級なリゾートであっても、発展途上国では水や食材の取り扱いによって、こうした食中毒のリスクはゼロにはならないのが実情のようです。

そんなわけで、この日も自力で街をまわれる体力は皆無。
バンジュール観光はツアーを利用し、そのまま空港に行ってもらうことにしました。

8:50〜11:45|セレクンダマーケットとカチカリのワニ池

8:50にホテルを出発し、まずはセレクンダマーケットと染め物見学へと向かいました。

普段なら市場は平気なのですが、お腹を壊している身には、マーケットに充満する排気ガスと雑踏、そして様々な臭いが混じり合った空気が非常にきつく、気持ち悪さが込み上げてきます。

(マーケットは撮影が厳しい中一応撮ったのですが、写真は省略します。写真はホテルの出入口です。)

10:30から11:22にかけて、カチカリのワニ池に向かいました。博物館とクロコダイルプールがあります。

まずは博物館へ。小さな展示室です。

古くから信じられているお守り(魔除け・幸運のチャーム)「JUJU」の展示もありました。
中には目的に応じて、宗教的な聖典の言葉(ガンビアで広く信仰されているイスラム教のコーランの一節など、文字が書かれた紙)や、自然の素材(特別なハーブ、薬草、動物のパーツなど)が入っているそうです。

なんとガンビア人の中にはイギリス軍(英連邦軍)の一員として第二次世界大戦に兵士として派遣された人もいます。Kindi Camara氏はビルマのジャングルで旧日本軍と戦い、ナチスの敗北に貢献し、勲章を授与されたとあります。また、Isaac氏は、日本兵は白人を見つけると捕虜にするのに、アフリカ人と遭遇すると殺すのだと発言しています。

独立後の展示もありました。

展示室を出て、園内散策に向かいます。

敷地内にはエレファントツリーがありました。

クロコダイルのエリアに行くと、陸地にあがって微動だにしない様子。
口を開けっぱなしにして動かないのもいました。

猿の姿も見られました。

その後、本来はアルバートマーケット(Albert Market)を訪れる予定でしたが、体調を考慮してパスすることにしました。

12:06|国立博物館とArch 22

12:06、国立博物館に到着。館内の撮影料100GMDです。
狭い室内にたくさんの展示品が並んでいて見ごたえあります。

前日行けなかったワッスの環状列石に関する展示もありました。

イスラム伝来に関する展示もありました。

こちらは民俗楽器の展示です。

12:46|Arch 22

続いてバンジュールのランドマークである「Arch 22(22代大統領記念アーチ)」を見学しました。

後ろに見えるラウンドアバウトには「I Love BANJUL」のサインがありました。
ここは交通量が多いので記念撮影は結構大変。

病み上がり途中の体に階段を上るのは堪えましたが、なんとか最上部まで登りきることができました。

上からの眺めはとてもよかったです。
頑張ってのぼってよかった!

戻るときに途中の階にある展示室を見てみました。
ここでもエリザベス女王の訪問についての展示がありました。

13:10頃にArch 22を出発。そのまま空港へ向かいます。移動の車はエアコンがなく、窓を開けて走るスタイルだったため、汗でさらに脱水症状が進みそうでした。
道中、何度もトイレに立ち寄ってくれたドライバーへの感謝を込め、料金1,000 GMD+チップを渡しました。

車窓から見えた車。
下の方をよくみるとTOYOTAとAppleが融合したデザインのようです。

13:55|バンジュール国際空港

バンジュール国際空港に到着。建物に入る際のセキュリティチェックはありませんでした。
まずは手元に残った現地通貨を両替します。3,320 GMDが45米ドルになりました。次の目的地であるギニアの通貨(ギニアフラン)への両替は受け付けてもらえませんでした。

制限エリアに進んだものの、搭乗予定のブリュッセル航空のカウンターがまだ開いておらず、セキュリティ料金の支払いができません。15:00を過ぎてようやくカウンターがオープンし、20米ドルを支払ってチェックインを済ませました。

出国審査では、滞在していたホテル、滞在日数、目的、職業、そして次の目的地や「いつ日本に帰るのか」といった点を聞かれました。次の行き先について「ギニア・コナクリ」と答えるやり取りが複数回繰り返されました。通常よくある形のセキュリティチェックを終え、出場の際にもう一度パスポートチェックを受けます。

出発までは上の階にあるラウンジで過ごしました。チケットがないと入れないシステムになっています。ここでも自作の経口補水液を作って水分を補給しました。ラウンジの飲み物は1人3杯までという制限があり、軽食も少し用意されていましたが、お腹の調子を考えて一切手はつけませんでした。

滑走路に、ふと「タイタン・エアウェイズ(Titan Airways)」という聞き慣れない航空会社のチャーター便が停まっているのが見えました。ロンドンのガトウィック空港行きとのことです。体調不良の身としては、先進国へ直行できるのを少し羨ましく思いました。
(※タイタン・エアウェイズは、2026年にカナリア諸島からハンタウイルス感染症に関する乗船者を搬送する際にも使用されていたチャーター専門の航空会社です)

17:20 BJL→18:45 CKY SN223

搭乗するのはブリュッセル航空のSN223便。ベルギーからやってきて、ガンビア経由でギニアのコナクリへと向かう路線です。
ほぼ定刻出発でした。

機内を見渡すと中国人の乗客がかなり多い様子。短距離区間のためか飲み物のサービスはありません。

久しぶりの個人モニターではフライトマップが表示され、目的地が「Conarky」になっているのを見逃しませんでした。

出発は定刻でしたが、到着は予定よりかなり早く、18:11 コナクリ国際空港に着陸、18:15到着。

飛行機が止まった瞬間、シートベルトサインなどお構いなく乗客が一斉に立ち上がって頭上の棚から荷物を取り出し始めました。

体調不良に振り回されたガンビアを離れ、次の国ギニアの旅に続きます。

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