この日はガンビアの世界遺産セネガンビアの環状列石ツアー
・・・の予定でしたが、体調絶不調のため当日朝キャンセルしました。
ツアーには別の参加者がいたので、後日どんなツアーだったのか教えてもらいました。
この旅行記はそれをもとに構成しています。
旅行日:2024/11/25(月) ※本文中の値段は訪問当時のものです。
【ガンビア】
ガンビアは、西アフリカの大西洋沿いに位置する国。首都はバンジュールです。
国土の周囲をぐるりとセネガルに囲まれており、ガンビア川の流域に沿って細長く伸びる、アフリカ大陸本土で最も面積が小さいユニークな形状の国として知られています。
19世紀からイギリスの植民地となり、1965年に独立しました。周囲のセネガルがフランス領だったのに対し、ガンビアがイギリス領となったのは、この地域を流れるガンビア川の交易権をイギリスが握ったという歴史的背景があります。
公用語は英語ですが、マディンゴ語やウォロフ語など、多くの民族言語も日常的に広く使われています。通貨はダラシ(GMD)です。
経済は農業に大きく依存しており、特に落花生(ピーナッツ)の栽培と輸出が主要産業です。また、大西洋に面していることから漁業も盛んです。近年では観光業が重要な外貨獲得源となっており、経済の柱として成長を続けていますが、依然として低所得国の一つであり、経済の多角化が課題となっています。
政治に関して、独立後は比較的安定していましたが、1994年のクーデター以降、ジャメ大統領による20年以上の独裁政権が続きました。しかし、2016年の大統領選挙で野党連合のバロウ氏が勝利し、2017年に現政権が発足。民主化への大きな転換期を迎え、国際社会への復帰と政治の安定化が進められています。
観光面では、ヨーロッパから比較的近い「冬でも暖かいビーチリゾート」として人気を集めています。また、ガンビア川流域は「野鳥の楽園」としても有名で、世界中のバードウォッチャーが訪れます。穏やかな国民性から「微笑みの海岸(The Smiling Coast of Africa)」とも呼ばれます。西アフリカの中では比較的治安が安定しており、初めてアフリカを訪れる旅行者にも人気があります。
世界遺産としては、かつて奴隷貿易の拠点となった歴史を伝える「クンタ・キンテ島(旧ジェームズ島)と関連遺跡群」や、セネガルにまたがる神秘的な巨石墓群「セネガンビアの環状列石」の2つがユネスコの世界遺産(文化遺産)に登録されており、歴史的な見どころも豊富です。
ツアーのキャンセルと、自作ポカリでの療養
前日から体調不良が始まっていました。
その時の話は下記の旅行記をご覧ください。
朝を迎えたものの、引き続き水下痢と胃の痛みが続いていました。
ただ、昨日よりは下痢の間隔があいてきており、少しずつマシになっている兆候は感じられます。とはいえ、症状が2日目に入ったことを考えると、単なる冷えや疲労ではなく、食中毒かもしれません。前々日のパッタイが最も怪しいですが、マンゴージュースかウェルカムドリンクの水の可能性も否定できません。
体調を最優先に考え、この日に予定していたツアーはすべてキャンセルすることにしました。
水分補給を続けていたため、持参していたポカリスエットのストックが底を突きかけてきました。そこで、ホテルのスタッフにお願いしてレストランから塩と砂糖を分けてもらい、調達した水(1.5リットル2本で220 GMD)をベースに、インターネットの情報を頼りに経口補水液を自作することにしました。
12:00頃になると、ようやく下痢の波は収まりました。ただ、胃にはまだやや不快感が残っています。
安心したのも束の間、今度は体の節々が痛み、寒気を感じ始めました。発熱のサインだと察し、部屋のエアコンを止めてベッドに入りました。汗をかきながら3時間ほど眠りにつきます。
19:30に一度目を覚ましたときは、一瞬熱が引いたかと思ったのですが、しばらくすると再び熱が上がってきてしまいました。胃腸の症状に加え、発熱との戦いも続く、長引く療養の一日となりました。
【ツアー参加者のメモで書く!】世界遺産セネガンビアの環状列石とガンビア川奥地ツアー
タイトルはツアータイトルによくある「【直行便で行く!】○○ツアー」を無駄に参考にしました。
さて、私がホテルで自作の経口補水液を飲みながら横になっていたこの日、ツアーに参加したヨーロッパの方はガンビアの歴史と大自然を巡る長いロードトリップへ向かっていました。後日共有してもらったメモを基に、その行程を記録しておきます。原文はフランス語なので、翻訳で誤りがあった場合はすみません。
朝の出発とセンガンビア・ブリッジ
ツアーの出発はまだ夜が明けない朝6:00。車はひたすら検問を通過しながら進みます。道中、ガイドと運転手が道端で新聞紙に包まれた蒸しキャッサバ(1個25 GMD)を朝食代わりに購入し、何もつけずにそのまま食べていたそうです。サツマイモのような見た目で、ジャガイモのような良い香りがしたとのことでした。
軍の検問1回、警察の検問が4回通過したあたりで、白いイスラムの制服を着て登校する多くの子どもたちを見かけたようで、女子たちは丈の長い白いヒジャブのようなものを身につけていたそうです。
さらに警察の検問が1回あり、ガンビア川に架かる「セネガンビア橋」を渡ります。2019年にアフリカ開発銀行の資金(6,500万ドル)で建設された約1,800mの近代的な橋で、さながら高速道路、通行料は250 GMD。かつて川の往来を支えていたフェリー乗り場の跡が、すぐ近くの岸辺に見えたそうです。
9:00、セネガル国境に近い大都市ファラフェニに到着。セネガルからのバイクタクシーが行き交い、両国の通貨が流通する活気ある大規模な市場で、冷たい飲み物とクーラーボックスに入れるための氷を補充したそうです。
地方の風景と世界遺産ワッスの環状列石
車はさらに奥地へと進みます。道中には、収穫期を迎えた広大な落花生畑、そして一年中実をつけるというバニラ畑が広がっていました。農作業の大半は機械化されておらず、牛やロバが使われている牧歌的な景色が続きます。途中、カウルという塩水と淡水が混ざり合う町を通過。ファラフェニからここまで、警察の検問は9回にも及んだそうです。
10:30、目的地であるワッス村に到着。ここには世界遺産にも登録されている、紀元前500年頃の環状列石(ストーンサークル)が存在します。
10以上のサークルが並ぶこの場所は、かつての王や戦士など、身分の高い人々の集合墓地でした。1964年の発掘では人骨や土器が見つかっています。一番大きな石は長さ2.5m(うち1mは地中に埋没)あり、200m先にある採石場から丸太を使って転がしながら運ばれたと推測されています。
【世界遺産】セネガンビアの環状列石(Stone Circles of Senegambia)
●登録年: 2006年(文化遺産)
●概要: ガンビアとセネガルの両国にまたがる広大な地域に分布する、ラテライト(紅土)の巨石で作られたストーンサークル群。
●歴史的背景: 紀元前3世紀から16世紀頃にかけて造られたと推定されている。今回訪れた「ワッス(Wassu)」はガンビア側にある代表的な遺跡。
●目的と特徴: サークルの中心部からは人骨や副葬品の土器が発掘されており、王や戦士、有力者らの「集合墓地(埋葬地)」であったことが分かっている。高度に組織化された古代社会の存在を証明する遺跡であり、ガンビアの50ダラシ紙幣にもその姿が描かれている。
なお、このサークルはガンビアの50ダラシ紙幣のデザインにもなっています。
唯一入手できたのがボロボロでテープで止められたコンディションのものでした。

ガンビア川クルーズ
続いてクンタウルへ移動し、ボートに乗り換えてガンビア川の島々を巡るクルーズへ。運が良ければチンパンジーやカバが見られる野生保護区ですが、この日は遠くに一瞬クロコダイルの背中が見えたのみで、動物たちの姿はほとんど拝めなかったようです。
14:00、観光客向けのレストランで昼食をとったものの、ツアー参加者の口には合わなかったようで、ガイドと運転手が喜んでその食事を引き受けたという一幕もありました。15分で移動を開始し、警察の検問を受けてラメンコトへ。
15:00、ラメンコトから小さなフェリーに乗り、約10分で対岸のジャジャンブレ(旧マッカーシー島)へ渡ります。現地のガイドと合流し、奴隷制からの解放を象徴する「フリーダムツリー(自由の木)」を見学しましたが、案内は看板を読むだけでかなり急ぎ足だったそうです。
文化博物館(ユネスコ無形文化遺産カンクラン)
その後、この地域に伝わる伝統的な仮面ダンスの博物館を訪問し、ガンビア最大の祭りである「カンクラン・フェスティバル」についての興味深い説明を受けました。毎年1月の最終週末に開催されるこの祭りは、地域社会の秩序を守り、男の子たちの元服(成人儀礼)を祝う重要な伝統行事です。
「カンクラン」とは、厳密には人間ではなく、秩序を守るために現れる「精霊」のことを指します。メモによると、主に2つの重要な精霊がいるそうです。
ウレン・ウレンゴ(Wuleng Wulengo): 悪霊を追い払い、コミュニティを保護するための厳格な精霊。
フィタ・カンクラン(Fita Kankurang): ダンスや娯楽を伴い、人々を楽しませるための精霊。
このカンクランの役割(中の人)は、代々特定の家系の子供たちへと受け継がれますが、その正体は「女性には絶対に秘密」とされています。「女性は秘密を守れない」という現地独自の伝統的な認識から、街の女性たちは誰が中に入っているのかを知らされないまま、畏怖の念を持って精霊を迎えるのだそうです。
また、精霊たちが身にまとう独特の衣装の素材についても話がありました。
茶色い衣装に使われているのは「キャメルズフットツリー(羊蹄甲の木)」の皮で、これは数週間にわたって繰り返し使用できます。一方で、もう一つの衣装に使われる緑の葉は、すぐに枯れてしまうため、なんとパフォーマンスを行うごとに毎回新しい葉に交換する必要があります。
この年は、世界中から約「70人」の外国人観光客と、数百人ものアフリカ人が集まり、凄まじい熱気に包まれたそうです。
16:00、すべての行程を終えてホテルへの帰路へ。帰り道にも警察7回、軍1回という無数の検問を通過し、夜にホテルへと戻ってきました。
この話を読んで、あんな体調で参加しなくてつくづくよかったと思いました・・・。


