ガーナ旅行(1) 世界遺産ケープコースト・エルミナの城塞巡り

アフリカ
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今回はケープコーストに宿泊し、ケープコースト城とエルミナ城をめぐり、午後にアクラに向かいました。
この2ヶ所だけなら、専用車を使えばアクラから日帰りも可能です。アクラ~ケープコーストはバスでも不可能ではないですが、結構慌ただしくなるし時間が読めないのであまりおすすめはできません。

旅行日:2025/3/15(土) ※本文中の値段とビザ情報は訪問当時のものです。

【ガーナ】
ガーナは、西アフリカのギニア湾に面する国です。首都はアクラ。
西はコートジボワール、北はブルキナファソ、東はトーゴと国境を接しています。かつて「黄金海岸(ゴールド・コースト)」と呼ばれたほど金の産出が豊富で、古くからヨーロッパ諸国との交易が盛んな地域でした。

15世紀以降、ポルトガルをはじめとするヨーロッパ諸国が進出し、金や奴隷貿易の拠点として多くの城塞が築かれました。その後イギリスの植民地となりましたが、1957年にサハラ砂漠以南のアフリカで初めて植民地支配から独立した国となりました。初代大統領クワメ・エンクルマは、アフリカ独立運動を象徴する指導者として知られています。

公用語は英語です。また、アカン語(トウィ語)、エウェ語、ダガリ語、ガ語など、多くの民族言語が日常的に話されています。通貨はガーナ・セディ(GHS)です。

経済は金、カカオ、原油の輸出が主要な柱となっています。ガーナは世界有数のカカオ生産国であり、チョコレートの原料となるカカオ豆の輸出で知られています。また、近年は石油・天然ガスの開発も進み、西アフリカ有数の経済規模を持つ国の一つとなっています。一方で、物価上昇や通貨安、債務問題など経済面での課題も抱えています。

政治面では、独立後はクーデターや軍政を経験しましたが、1990年代以降は民主化が進み、西アフリカの中でも比較的政治が安定した国として評価されています。平和的な政権交代が繰り返されており、地域の民主主義を代表する国の一つとされています。

観光面では、首都アクラの独立広場や国立博物館をはじめ、ケープ・コースト城やエルミナ城など奴隷貿易の歴史を伝える要塞群が有名です。また、熱帯雨林の中を歩くカクム国立公園のキャノピーウォークや、美しい海岸線も人気の観光地となっています。
世界遺産としては、「ヴォルタ川沿いの伝統建築アサンテの伝統的建造物群」と、「ガーナの要塞群(エルミナ城、ケープ・コースト城など)」がユネスコの世界遺産に登録されています。特に海岸沿いに残る要塞群は、奴隷貿易の歴史を今に伝える貴重な文化遺産として世界中から多くの人々が訪れています。

ガーナ入国には、基本的に居住地の大使館での申請でビザ取得が必要です。Single \9,440、Multiple \11,000ですが、追加料金でExpedited Service可。

1. オンラインで書類作成
公式サイト https://tokyo.mfa.gov.gh/ のリンクから申請サイトにとぶ。
メールアドレス登録後、Visa Applicationsを選択し、画面に従って入力。
申請は開始後 14 日以内に要完了(14日過ぎるとデータが削除されるとのこと)。
【必要なもの】(申請サイトより)
・ホテル名、住所、電話番号、メールアドレス、英語の予約確認書(PDF or JPG)
・eチケット(PDF or JPG)
・署名の画像(JPG W250px H50px)
・パスポート写真ページ(PDF or JPG)
・イエローカード(PDF or JPG)
・証明写真(JPG、パスポートサイズ、6ヶ月以内、背景白、カラー、目に髪がかからない)
各ファイルは簡潔な名前にして、1MB以下にする。

2. 大使館でビザ申請(郵送可)
オンライン作成したVisa Application Formsを印刷して署名をし、ビザ代金支払いレシートやスクショと共に大使館に提出。
直接大使館申請の場合、申請は火・木のみ。詳細は大使館へお電話を。

※Airside transitの場合はビザ不要です。

途中まで自力でやっていたのですが、サイトがダウンしてしまい、もたもたしている間に急遽大使館に申請に行く時間がとれなくなり、結局代行業者にお願いしてしまいました。
2024/12/1~2025/1/15までNon-Pre-Approval Visa on Arrivalキャンペーンがありました。こうした機会に合わせて旅行を計画するのもいいかもしれません。

ケープコースト

前日深夜にコートジボワールからケープコーストに到着しました。
ケープコーストではRidge Royal Hotelに宿泊。

ちょっと遅く起きてホテルで朝食。
木曜夜以来1日半ぶりのまともな食事です。
おかずは一応9種類くらいあるようです。
ワチェ(Waakye)は遠くに辛味があるものの気にならない感じ。
食べているうちにアフリカっぽい味になる不思議なシチューで美味しかったです。
シトはかなり辛いけど食感は出し殻。鰹節みたいという人の気持ちがわかったような気がしました。
パンはイマイチ。ジュース類は西洋オーソドックスなものはありません。

広々としたいいホテルで、プールもありました。

世界遺産「ガーナのベナン湾沿いの城塞群」めぐり

この日は世界遺産にもなっている奴隷貿易の拠点だったケープコースト城とエルミナ城に行くのですが、当然公共交通機関はないので、食後フロントにタクシーチャーターを依頼。
10:45に出発しようかなと言ったら、じゃあ10:30に電話しておきますとのこと。
値段はそのとき交渉ということで教えてくれませんでした。

10:40にチェックアウトしにフロントへ。
タクシーには電話していたようですが、料金は聞いていなかったらしく再度電話してもらいました。
言い値は500セディでしたが、これは想定内。
300セディって言ってみてと頼み、400セディで決着することにしました。
しかし、11時にくるといいます。何事も待つのがアフリカ流です。

ドライバーはMoses氏と名乗ります。
ところがケープコースト城に行くとしか聞いていないとのたまいます。
というか、ホテルから3kmしか離れていないケープコースト城往復が400セディだとしたら高すぎ!
やはり乗る前に確認して、場合によっては復唱させるのは必須ですね。

主張強めのドライバーで、2人で話していても埒が明かないと思われたので、電話したフロントを呼んで再度交渉。
「二つの城に行くと言った」とサポートしてもらうと450セディだなどというので(14km離れたエルミナ城を追加して50セディなの?)、もうドライバーを変えようということに。
すると二つの城で200セディだなどといってくるので、まあそれならと了解することにしました。

終わったらホテルに戻らずケープコーストのバスターミナルへ行ってもらうことも考えていましたが、ホテルタクシーではないし、一連のやり取りであやしいドライバーだということはわかったので荷物は念のためホテルに預けることにしました。

11:00 ホテル出発。
車内で「カップコン?」とドライバーが聞いてくるのですが、Kakum国立公園のことでしょうか。
Kakumにも行くのかと思った、だから400セディだなどと言っています。
そんなことは誰も一言も言っていません。

ケープコースト城

11:10 ホテルから10分でケープコースト城に到着。ほぼ一直線の簡単なルートです。
入場料はGHS80。

【世界遺産】ヴォルタ州、グレーター・アクラ州、セントラル州、ウェスタン州の城塞群(ガーナのベナン湾沿いの城塞群)

ガーナの要塞群は、ガーナ南部のギニア湾沿岸に点在する、15世紀から18世紀にかけてヨーロッパ諸国によって築かれた城塞や要塞群です。最初に築かれたのは1482年、ポルトガルが建設したエルミナ城で、その後、オランダ、イギリス、デンマーク、スウェーデンなどのヨーロッパ諸国が貿易拠点や軍事拠点として数多くの要塞を建設しました。当初は金や象牙の交易が目的でしたが、やがて大西洋奴隷貿易の拠点として利用され、多くのアフリカの人々がこれらの城から新大陸へと送られていきました。

世界遺産には、エルミナ城、ケープ・コースト城をはじめ、フォート・セント・ジャゴ、フォート・アムステルダムなど、30を超える城塞や要塞が含まれています。特にエルミナ城とケープ・コースト城には、奴隷たちが船に乗せられる前に収容されていた地下牢や、奴隷船へ乗せられるために通った最後の出口であり、一度通ると二度と故郷へ戻ることができないことから「帰らずの扉(Door of No Return)」と呼ばれる扉が残されており、奴隷貿易の悲惨な歴史を今に伝えています。

現在では、奴隷貿易の負の歴史を後世へ伝える「記憶の場所」としての役割を担うとともに、ガーナを代表する観光地にもなっています。

ちょうどガイドツアーがスタート。
だが話がゆっくりで、人も多くてなかなか進みません。
ツアー終了までは、パネルでは45分と書いてありましたが、60分以上かかりました。なんでも時間がかかります。

最初は男性奴隷のダンジョン(地下牢)。
結構部屋が多くて広いです。ここで2週間奴隷を「保管」したとのこと。
明かり取りは三箇所あり、床には水や汚物を流す溝が残っていました。

ここの入口にはオバマ元米大統領一家が来たことを示すパネルがありました。

続いて対角線上の奥にあるエリアにみんなで向かいます(写真撮っていたら置いて行かれています)。

こちらが新しい門のあるエリア。

上の写真を進むと、このように門と左右に部屋がありました。
正面の門が「帰らずの門」(Door of No Return)です。

帰らずの門の左右には女性奴隷のダンジョンがあります。

帰らずの門をガイドがあけて外に出ます。
外から見ると「Door of Return」と書かれていました。
これは後から付けられたものです。

外に出ると、物売りの子供や学校の問題点などと書かれた紙を準備した子供が声をかけてきて、金をせがんできます。
煩わしい環境で、奴隷に思いを馳せるのは難しいです。

「Door of Return」から中に戻り、ガイドツアーの続きです。
「Cell」は思ったより広さがありましたが、それだけ大人数収容する必要があったのでしょうか。
奴隷を説得するため、明かり取りがなく真っ暗。
今でも相当むわっとする感じで、長居できる環境ではありません。

ツアー最後は管理者の部屋。
ここからは眺めがよいのがまた何とも言えません。
これでガイドツアー終了。奴隷は今部屋にはいないが建物が残っていて、その歴史の意味を考えて欲しいというような締めだったと思います。

この部屋からは周辺の景色も見られます。
近くで撮ったら問題になりそうな教会や、遠くにFort Williamが見えます。
もともとはアシャンティ王国軍の攻撃からケープ・コースト城を守るための見張り台でした。
現在は勝手に住んでいる人がいるとのこと。ここと近隣のFort Victoriaは強盗の危険があるエリアとされるので、ガイドを付けた方がよいと言われています。

海際を見ると、海岸沿いにおびただしい建物が並んでいるのがわかります。
さきほど「帰らずの門」から出たときの場所です。

ガーナ人観光客3人組が、写真を一緒に撮って欲しいと頼んでくるので応じていたのですが、そうしている間に海岸から城内にめがけて紙を投げてくるガキが。紙には金をねだってくる内容が書かれていました。
写真を撮ったガーナ人観光客に話したら、紙を投げ返していました・・・。

最後にミニ展示室を見ました。
パネル中心のためじっくり読むと時間がかかります。

車に戻ると、ドライバーが文句を言ってきます。
ここでのストップは普通1時間だ、2時間もいるなんて長すぎると激昂。
実際の滞在時間は1時間40分でした。
ガーナ人との写真撮影とかがなければもう少し早く出られたと思いますが、1時間半は見ておいた方がよいと思います。
タクシーチャーターの方は事前に時間を決めておいた方がよいでしょう。

エルミナ城

12:50にケープコースト城を出発し、20分ほどかかって13:11にエルミナ城到着。入場料はGHS80。

ここでも1時間以内に戻ってこいともめたので、今回はガイドなしでまわることにします。
そのとき得体のしれない人がやってきて名前を聞いてきました。後で何かありそうです。。

ここも見取り図がありました。これに沿って自分で見て行くことにします。
すでにケープコースト城で説明を聞いていたので、ガイドなしでもなんとなくわかりました。

※見取り図のほぼ番号順。

跳ね橋を渡り、中に入ると壁に囲まれた中庭の状態の広場がありました。

入口側の壁にはEuropean Cell、Condemn Cell(見取り図5、6)があります。
どちらも非常に狭い小部屋でした。Condemn Cellの方が用途のためか狭いように見えます。

四辺の壁は、中が部屋になっていて、奴隷たちの収容所になっていたようです。
こちらは奴隷のダンジョン(見取り図7)。

広場の奥(見取り図9)の階段から上にあがれるようになっていました。
ここからの眺めはよく、すぐ近くに海があるのがわかります。

広場に下りてきて、中央の建物に入ってみます。
見取り図では聖ジョージ教会と書かれていますが、現在は展示室になっていました。
エルミナ周辺のマップや、民族の写真、奴隷貿易関連の展示、アシャンティ関連など、主にパネルで説明が書かれていました。

入口反対側の奴隷のダンジョンは(見取り図15,16)は封鎖されていたので、続いて男性と女性のダンジョンをのぞいてみます。
まずは女性のダンジョンへ。中庭を囲むようにいくつか部屋がありました。
床に砲弾のようなものがありました。要塞だった時代にオランダ軍による攻撃で撃ち込まれたようなので、これもそのうちの一つかもしれません。

続いて、男性のダンジョンへ。
入ったところは他と同じような部屋なのですが、奥につながっています。
奥の部屋は誰かがろうそくを立てたようで、妙に慰霊感がありました。
さらに奥に進んでいくと「帰らずの門」(Door of No Return)があります。
係員に聞いたらこれはオリジナルとのこと。幅が狭過ぎて驚きです。

続いて、旧教会正面にある管理棟(見取り図21)をあがっていくと、管理者の部屋があります。
何も残っていませんが、おしゃれな階段などがありました。

結局ガイドなしにもかかわらず、一通り見ると1時間でもやや厳しいくらいな印象でした。
屋上や展示室をどのくらい見るかにもよりますが、ここも1時間半みておくのがよさそうです。
ドライバーは1時間が普通とか言っていましたが、学がないから1時間もいれば十分と思っているものと想像されます。
14:00に退場。せっかく巻いて49分で出たのに、駐車場にタクシーはいませんでした。


来たときに名前をきいてきた男が何やら貝をくれました。ご丁寧に名前が書いてあり、これのために名前を聞かれたのだとこのとき判明。
荷物になるし普通にいらないと断ったのですが、無料だから持ってけと言うのでしかたなく受け取ることに。。
絶対何かあるに違いないと思っていたら、子供への寄付という話。貝のお土産は営業ツールでした。どこまで本当かはわかりませんが、寄付される方はご自身で判断を。

そうしているうちにタクシーが戻ってきました。
一つ下の段に停まってたんだよなどと言っています。
そんな近くにいたのに10分もかかるのでしょうか。何かと言い訳がましいです。

14:10 エルミナ城を出発。
険悪な空気でほぼ無言でホテルまで戻りました。
たまに話してきたと思ったら、日本はガーナより大きいのかとか、人口はとか聞いてきます。
まさにggrks。
14:30 20分ほどでホテルに戻り、GHS 200を払って終わりです。

外は暑過ぎたので、冷えたアップルジュース(GHS60)で休憩。
タクシーよんでくれたフロントの方とおしゃべり。
見学時間でもめた話をしたら、もう彼は呼ばないようにしようとか言っていました。

アクラへ移動

次は首都アクラへ向かいます。
フロントにきくと、電話してくれてアクラ行きのSTCバスは満席で前日には予約しないとだめ、もはやミニバスしかないとのこと。

フロントが呼んでくれたタクシーでミニバス乗り場へ向かいます。
今度は違う車でした。

15:25Ridge Royal Hotel → 15:33ごろ Bakaano Ford Station GHS30

場所がわかりにくいのですが、ケープコースト城から西に1km行ったところにあるFrancol Transportという会社の建物に着きました。
市庁舎Cape Coast Town Hallの西隣のブロックです。

着くなり椅子に並ぶよう言われました。
乗る時間は何時になるかわからないし、道が悪いから何時間かかるかもわからないとのこと・・・。
13~6人くらいの列が3つできていて、並んだ列は9番目。すぐにこの列は埋まり、客はそろったものと思いますが、順番に車がでる方式なので出発できないようです。

1時間半ほど経ち、17:09に車内へ。
あっち座れとかここに来いとか言われて、結局通路側に座ることになりました。

窓は日除仕様で紫になってしまい、外の景色は見られませんでした。
2時間近く待ったので、もしかしたらアクラまでつながる大通りで適当にミニバスを拾うほうが早いかもしれません。
隣は咳していて席ガチャ失敗。助手席はイミグレオフィサーが乗っていました。
クーラーはあってありがたいのですが、ほこりっぽい空気が噴出してくるので、マスクをすることに・・・。
結構爆走するタイプで、急ブレーキかけたりする運転スタイルでした。

Biriwa手前、Abonko手前、Akwakrom palace近く、Ekumfi Eyisamでたところで検問がありましたが、いずれもドライブスルー状態でした。

写真は Fort Amsterdam。車窓右から見えました。山の上にありますがすぐ裏が海で、奴隷貿易に使われました。これも世界遺産に登録されています。天井が崩落しており、ケープコースト・エルミナと比べるとやや保存状態は落ちます。

18:38 急に渋滞。一台ずつチェックしているようだったが、助手席のイミグレオフィサーが何か話してパスできたようです。

19:00 MIDWAY SHELL REST STOPでトイレ休憩になりましたが大半が降りませんでした。
すぐ出発したものの、すぐ検問。ここもイミグレオフィサーが何か話してパスできました。いいことなのか何なのか、オフィサー大活躍!

19:10 隣の飛沫マンが下車。
体が大きくてこちらの席まで侵食してきていたので、下りていただいて非常に助かります。

19:18 Winneba出たところでまた検問。
ほとんどスルーできていますが、もしや夜は検問が多くなるのでしょうか。

19:30ごろ Gomoa Potsin junctionのあたりから、工事なのか道路がガタガタで車が左右に揺れます。
1時間ほどひどい道でしたが、Kasoa手前で舗装道路に戻りました。

20:40ごろ Janman地区。ここはちゃんとした建物の商店やショッピングモールがあって良さそうな雰囲気。

そうしているうちに、20:49 Mallam bus stopで降ろされました。もう真っ暗!

17:17 ケープコーストBakaano Ford Station → 20:49 Mallam bus stop GHS100

降りるなりタクシードライバーが声をかけてきますが、ホテルまでというとだいたいみんな150セディと言ってきます。最安値でも100セディのようでした。
一方、Uberは60セディ。カード払いを嫌うようなので、現金で呼ぶことにしたら比較的すぐ来てくれました。待っている間蚊が多いので、虫よけは必要です。

クーラーきいた快適なUberで、ホテルAccra City Hotelへ。絶対タクシーよりいいです。

Uber 21:10 Mallam bus stop → 21:29 Accra City Hotel GHS60

どうかなーと思うようなエリアを見つつ、ホテルに到着。
速やかにチェックインを終え、さすがにお腹すいていたのでレストランへ。
22時までというのであせって注文したのに、もちろんすぐには出てきません!
43分待って、22:20にBeef burgerが登場。
牛肉は厚くて食べ応え十分。ただぱさついていてやや硬めでした。
少しスパイシーなのは胡椒でしょうか。他は普通のハンバーガーで、おいしくいただけました。

最後にホテルレビュー。

周辺の一画のみ安全そうなエリアで、入口は警備員がいます。
スタッフはとても親切で不快な思いは一度もしませんでした。
航空会社スタッフや会議出席者も泊まっていました。

建物は古いもののきれいに使っている方です。
Wifiは弱く、VPN通すと切れたりつながったりになります。
エアコンはかなりよくききます。
ベッドは柔らかめの沈む系マットレス。

シャワーは水圧まあまあで、お湯はでました。
使い捨てのシャンプー、ボディソープ、石鹸と、備え付けのShower gel、歯磨き、くし、シャワーキャップ、Sewing kitがありました。
ドライヤーは風量まあまあ。

トイレにゴミ箱の設置がなくて、移動させないといけないのは地味に面倒。

冷蔵庫のミニバーは缶のソフトドリンクが2本あってなんと無料。
ほかに常温の水330mlが2本あるが、瓶。水を持ち運びたい場合は魔法瓶持参だとよいでしょう。

ティッシュ、湯沸かしとコーヒーなど、金庫、アイロン、備え付け型のハンガー10本、テレビあり。
スリッパはなし。

レストランがあり、朝食はビュッフェで種類多くて味も良かったです。
夕食は、先ほどの感じからすると、頼んでから出てくるまで1時間は覚悟が必要です。

翌日は首都アクラを観光します。

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